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『我慢』をやめる

こちらにブログを書いていますが、時々Noteにも書いておりまして!

いろんなところで、同じことを共有する時もあれば、違うことを書いていることもあります。

Noteでは『今日のひと言マインドフルネス』なるものをシリーズで書いてみてもおります。


今日は、なんとなく、昨日Noteにあげた『我慢』をやめるということについて、こちらでもシェアしたいなーと感じたので、アップしてみようと思います。


ちなみに私のNoteはこちらでございます。えへへ。



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「我慢をやめる」と聞くと、『言いたいことを我慢せずに言う』ことだったり、『嫌なことは全部やめていいよね』という意味合いに聞こえたり、『周りが私に合わせてくれるのがうまくいっているという意味なの?』あるいは、『自分の思うままに、わがままに振る舞うこと?』と聞こえてしまうかもしれません。



でも、今日お伝えしたい「我慢をやめる」は、行動を大きく変えることではなく、もう少し心の内側で起きる、静かな気づきの話。


今日のひと言マインドフルネスは、

『我慢』をやめてみる です。


それは、「あ、いま自分は我慢しているな」と気づいたときに、「この気持ちを、これ以上持ち続けなくてもいいんだ」と思い出してあげること。


それだけ。



私たちは無意識のうちに、「これくらいは我慢しなきゃ」、「私が耐えれば丸くおさまる」、「我慢することが、相手への思いやり」そんな考えを身につけて生きてきました。


確かに、社会の中で生きる以上、配慮や調整が必要な時もあると思うのです。

でも、「我慢すること=人を尊重すること」だと思い込んでしまうと、その我慢は、少しずつ自分の心を否定したり、自分でも感じることができなくなってしまう方向へと向かってしまいます。



本当は苦しいのに、「大丈夫」と言い聞かせたり、本当は嫌なのに、「仕方ない」と飲み込む。そうやって積み重なった我慢は、消えてなくなるわけではなく、心の奥に静かに溜まっていきます。


誰かにわかって欲しい『思い』がそこにあるのに、自分に一番近い存在である自分が一番わかってあげられない状態が続くと、不思議なことに、自分では我慢しているつもりがなくても、こんな反応が起こりやすくなります。



・我慢している人を見ると、なぜか胸が苦しくなる

・我慢せずに振る舞っている人を見ると、ムッとしてしまう

・「なんであの人はそうなの?」と心がざわつく



もしそんな反応に気づいたら、それはとても大切な目印だと思うのです

そんな風に思ってしまう、あるいは勝手に心が反応してしまう「私が人として未熟」なのではなく、そんな風に行動している「相手が悪い」のでもない。

もしかしたら、知らない間に私は私に我慢を強いていないだろうか?そう、そっと振り返ってみてください。


我慢をやめるとは、周りの人に我慢をさせることでも、自分勝手に振る舞うことでもありません。

まずは、「私はいま、我慢している」その事実に、正直になること。


そして、「この気持ちを、無理に抱え続けなくてもいい」。

同時に、「この気持ちを、変えなくてもいい」そう、自分に許可を出してあげること。


我慢をやめるとは、自分を甘やかすことではなく、自分を敵にしない選択だと思うのです。

今日、もし心がきゅっと反応する瞬間があったら、それを責めずに、やさしく問いかけてみてください。


「私は、私に我慢を強いていないかな?」


その問いかけが、あなたをきっと少しずつ自由にしてくれると思うのです。



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