リスペクト

自分にリスペクトを!


リスペクト、日本語にすると尊重とか敬意を払うとかっという意味です。


日本文化って遠慮とか謙遜が美徳だったりしませんか?

控え目で慎ましやかな態度でいること。

それが行きすぎてしまうと、自分の価値がわからなくなってしまいます。


でも、控え目や慎ましやかって

自分の価値を下げてしまうことではないよね。

ありのままの価値をちゃんと自分で受け止めつつ

傲慢になってしまわないように、地に足をつけておく状態が素敵だなーっと

私は個人的に感じております。


自分の価値を受け入れようっと言われても、

初めの頃は、なかなか受け入れられなかったりします。

「私なんて」っという感覚が付き纏ってしまうことって、よくあると思うんです。

それって謙虚であることを美しいとする文化に根付いているのかもしれませんね。

自分がそれを美しいとその価値観を大切にしすぎていると、

やはり周りからもその美しさを “求められているか” のように感じます。

そうすると、求められているようにあろうとするので

慎ましやかに!っと自分の価値を下げてしまい、

心を窮屈な状態にしてしまいます。

その状態をずーっと続けていると、もう自分でも自分の価値がわからなくなっちゃうし、

下がってしまった価値の通りに周りの人も受け取ります。

だから、無碍にされやすくなっちゃう。

そして益々、周りが扱うその様子を見て、

自分にはやっぱり価値がないんだっと思ってしまう。

グルグルと無価値ループが巡ります。

残念!無念!

そんなつもりじゃないよねー!


自分を信じられなかったり、心の奥でありのままの自分を受容していないと

「自分の価値」をそのままに認められない。


それがそのままに現れたのか「無価値感」だとすると

拗れてしまったのが「傲慢」。笑


心の奥底で「自分の価値」を本当に感じられていない。

でも、価値あるものでありたいっと願う。

そのチグハグが拗れてしまって、ありのままっという健やかさから離れてしまいます。

傲慢の傲は「おごる」っと読みます。

おごり高ぶり、他人と比べて自分の価値を上げるため誰かを見下してしまったり

見下す誰かを見つけるとついつい近づいてしまいます。

本当の価値をそのまま信じられていないので

自分の価値を感じるために、見下せる誰かが必要になってしまうんですね。

また、自分を特別なものとしないと価値を感じられなかったりするので

自分はみんなとは違うんだっということを誇示したくなります。


ついつい傲慢になってしまう、そんな自分をどこかで責めてしまちゃう。

こちらも方向性は違っても、残念な息苦しいループ。


中庸っとは、上の2つの例のどちらにも偏っていない状態。

ありのままの命の価値を

地に足をつけてそのままにしていられる状態ではないでしょうか?


人にはそれぞれの要素があります。

その要素をそのままに、命そのものに価値があるっということを

ちゃんと信じられるようになると

別に価値を下げる必要も上げる必要もない。


リスペクトを英語で表記するとrespect。

その単語をベースに、respectiveっとなるとその意味は

「それぞれ」や「個別の」っとなります。


リスペクトってそれぞれをそのままに尊重し合うこと。

そのためには、自分の「そのまま」ってなんだろうっということも

自分が知っておけるといいですよね。

でないと「そのまま」にできないもんね(笑)。


リスペクトを自分に向けるって

「甘やかす」とか「わがままになる」っということではないよーっと

よくお伝えしています。

個人としての「ありのまま」って心の成長具合によってもきっと変化するもの。

今の自分の「そのまま」に、ぜひリスペクトを向けてみて♡








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