美しさ

在り方を大切にしています。

同じ言動でも、どんな在り方から起こっているのかで

伝わる空気感が違うと感じているからです。


ありのままの自分をそのまま表していることを

美しいと感じるんです。


例えば、私は恐ろしく音痴です。

音も体を動かすことも、まーびっくりして笑っちゃうくらいに!

でも踊ることが好きだし、歌うことも好き。

上手に見せるために歌ったり、踊ったり、スポーツしたりしないといけないと

思っていた子供時代は、誤魔化してました。

えへへへへ。

球技大会も、私は笑い担当。

相手チームの気を逸らす担当ねっと初めから戦力外でした。

ローラースケートを兄と一緒に買ってもらうとすぐ骨を折るし、

ほんと、子供時代の私は体を上手に使うことができなかった。


音楽の時間も教会での聖歌の時間も気持ちよく声を出すけど

いつも絶対外してた!でへっ!

そして外すっということを知ってからは

ほとんど人前で歌うことをしなかった。


そして、今も運動も音も音痴なままです。

でも、誰かに見られるためにするんじゃないだっというのがわかってからは

ただ心地よく動ける、声を出せるようになったんです。

そんな音痴もなんだかかわいいよねっと

その要素をそのままにしておくことが自然な在り方となったのです。


これを誰かに見せるためだと捉えていると

きっと緊張します。

緊張って、ありのままよりも自分の理想の状態のように見せたいから起こるんです。

上手に見せたい。

大きく見せたい。

そんな時に緊張が起こります。

緊張しているなっと感じたら、その時がありのままに気づくチャンスです。


ありのままの状態に何かを上乗せしようとするから曇るのです。

メガネのレンズと一緒。

そのままだと透明に見えるのに

そこにいろんなものを上乗せしちゃうと見えなくなる。

ありのままよりもよく見せたいってレンズの汚れのようなもの。

よく見せたいという欲、ありのままじゃ未熟だという自己否定。

それが曇りとなって自分のありのままが見えないし

周りからも曇って見えてしまい、その人の本来の姿が見えなくなってしまいます。

本来の姿が見えないから、ハートで繋がることができない。

ハートで繋がることができないから、安心できない。


ひゃー!

残念な循環となってしまいます。


その曇りに気づいて、曇りを取り除いていくと

どんどんありのままが見えるようになってくるし

自分というレンズも曇りのない綺麗な状態になる。

曇りのない、ありのままの在り方が美しいなーっと感じるのは

そんな風に汚れがついていないからだと思っております。


等身大が1番美しいと思うのです。

知識で汚してしまわないよう

“今”のありのままの自分をそのままにしていたいし

そのままの人たちと時間を過ごすのがとっても心地よいと感じています。


在り方を美しく。

美しいものが好き。


それが私の好みです。





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