今にある

更新日:1月20日

私が実践しているのは「スピリチアリティの向上」だと思っています。

でもスピが苦手です。

えへへへへ。


何が違うのでしょう?


スピリチアリティ=精神性


と解釈しています。

ちょっと言葉を変えてると今生きている「人として」の

人間性とも言い換えられるかもしれません。

その「人」として生きる上での在り方。

どう在りたいかに意識的に気づいていること。

その気づきに基づいて、「在り方」を高めていくプロセスが好きなのです。

それが精神性を向上させるっということだと思っています。


それに対して、私が感じているスピっと呼ばれるものは

精神性には意識を向けず

表層のエゴとしての「願い」を叶えたいっという欲を感じてしまうのです。

欲は決して悪いものではないと思います。

欲があるからより良くしたいっと思えるし

工夫やチャレンジもできる。

それが向上欲や意欲なのか、我欲なのかの違いだと思うのですが

スピの実践をしている方から感じるものって我欲のことが多いようで

「苦手」っと感じてしまうのです。


エゴの欲をなんとか必殺技を教えてもらって叶えたい!っという感じ。

(ありゃ、ディスってる?いえいえ、あくまでも私の個人的感覚です。てへ)


エゴの欲って思考から始まります。

だからそこに意識を向けていると

いつまで経っても思考から離れることができません。

思考にいるから、新しい思考で解決しようとするし

思考で行動をコントロールしようとしてしまいます。

そして願った結果と違うものを受け取った時に

ジレンマとなって自分の中にアンバランスを作ってしまう。

そのアンバランスをまた自分ではない何かに求めてしまうので

無限ループとなってしまう。

ジレンマがあるからなんとかしようと力んでしまう。


瞑想でもチャンティングでもその他のいろいろな方法でも同じで

今を体験しそれに気づくっということをただ実践しているのか、

何かのためにその行動をしているのか。

マインドフルネスでいうところのdoingとbeing。

これをしたら、こうなれるんでしょっとか

こんないい事が起こるらしいっというのを求めてしていたら

ただ実践している人と行動は同じでも

全く違ったものになってしまいます。


beinng。

ただ実践することによって

自分に気づき、そして大きな自然の摂理があることを実感します。

それを実感できるようになるから、委ねることができるようになる。

そこで初めてスピ界で言われているように

自分が自分として生きる事がスムーズになるっという風になっていくのだと感じています。


実践が大切っというのはそういうところ。

必殺技なんて何にも必要ないのです。

今っという瞬間に意識的にありのままにいるっということだけで大丈夫。

ありのままっというのをわかるようにサポートしてくれるのが

マインドフルネスの実践だったり

瞑想だったりするだけなのだと思っています。

それ以外でも自分に合った方法が見つかったらそれでもいいしね♡


たくさんの方が今にくつろぐ事ができますよう願っております。

えへへへへ。





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