top of page

運命だとか使命だとか

こういうことをする為に生まれてきたんだなーっという感じですか?(キラキラ)

みたいなご質問を何度かいただいたことがあります。


こういうこと、その時はエサレンやクラニオといった体に触れることだったり

マインドフルネスや瞑想など心に触れることだったりと

その時によって違うのだと思うのですが

言わんとしていることはもしかすると「使命」的なことだったり「運命」的なことだったり

あるいは「役割」的なことなのかな?っと私は勝手に受け取って、「そんなことありませんよー」とお返事したります。


人って生きてるだけ、何かを経験してるだけで(“経験していない”という“経験”も含めて)価値があると思うんです。

だけど、そこに無条件の価値を感じられない時、私たちはそこに「肩書き」や「役割」などを必要とするんじゃないかしら?


これは丸っと私の個人的な感覚でしかないのですが、人は「使命」なんて持ってないと思うのです。「運命」と言われるものもそう。

そんなドラマティックなものでなく、もっとシンプルに「経験」と「気づき」だけ。


「あーこういうことか」という内容が人によって違う。

その個別な「あーこういうことか」というのを体験し、改めて「気づく」ことだけのために生まれてきているのじゃないかしら。


マインドフルネス的に表現すると、「肩書き」や「役割」は「HAVE」です。

社会的な肩書の職業、業種、私生活の肩書のパートナーや親などは「HAVE」です。

そして「DO」、どんな行為や行動をどのようにしたかによって得られるもの。


いただいた質問って、この「HAVE」や「DO」なんですよね。


もちろん、それらを通して気づくことも、気づくチャンスも得ます。

そう。「HAVE」や「DO」は気づくためのチャンス / 機会であり、手段なだけ。

決めてきているものがもしあるとするなら、何を「経験」し、何を「再認識したいか」。

もしそうだとすると、職業という「肩書き」なんてなんでも良いと思うのです。



 

*「HAVE」やら「DO」やら「BE」って何?っという方は、ぜひ感じるマインドフルネスの講座にて!じっくりとお話しておりますよ。笑


 

大切なのは、どのように「経験」し、どのようにそれを「受け止め」、何を「再認識(気づく)」かということ。


どんな職業であっても「気づき」と共に今を生きているか。

どんな行動をしていても「自分軸」でそれに気づきを持って行っているか。

「BE」が大切になってくるのだと思っております。


そして「BE」を大切に毎日を過ごせていると、自然と自分という命に無条件の価値があることをしっかりと実感できるようになってくるのです。


そうすることで、益々「肩書き」だったり「何をしているか」などに振り回されなくなる。

だってそんなの、自分を表すものではなくて、自分のちょっとした一部なだけですものね。

だから、そこに執着がなくなるので、もっと自由に。本当に自分が「体験したいこと」だけを体験することを自分で自分に許すことができるようになる。


知らない間についつい「HAVE」や「DO」が日々の生活のメインになっていないでしょうか?気がついた時が戻ってくるチャンス!いつでもあなたらしい「BEING」に戻ってきてくださいね♡





◉ありのままの自分に戻る時間◉

mindful esalen:お問合せ / ご予約


◉心とからだのバランスをとり戻す◉

Comments


bottom of page