子育てとマインドフルネス 2

さてさて、今日は思春期以降の子育てについて。


思春期っというと反抗期?笑

実はウチの息子には反抗期がありませんでした。

大人になってから聞いてみたことがあるんですが

「この親に反抗しても意味ないな」っと感じたので

反抗する気にもならなかったのですって。

どんな意味だ!笑


私は息子と話す時に、ついつい人間の先輩として

話してしまっていたと反省しています。

だって、人間の先輩でも、時代によって性別によって、個人によって

感じることや、在り方、生活している世界って違うじゃない?

そんなことがまだ理解できていなくて

ついつい先輩面して説いてしまっったこともございました。

至らぬ親でごめんよーっと謝っちゃったよね。

えへへ。


距離感って大切だなーっと思うのです。

子育てだけじゃなく、誰かとのコミュニケーションを取るとき

あなたの心と私の心は混じり合うものはあっても、別のもの。

別にしておく=尊重するっということが大切ですよね。

「愛情」っというのが入ってくると、それはより難しくなる。

「愛」っというのは、ありのままでそこにあるものなのですが

これに「情」っというのがつくと、個人としてのフィルターが掛かったものになります。

個人としてのフィルターを通すと、

「私」の良かれと思うことを押し付けがちになってしまいます。

どんな感覚を持っても、感じても、何に価値を見出しても

どんな在り方を選んでも、あなたという人間をそのまま受け入れますよ

っというのが「愛」なのに対して、


こうであって欲しい

こんな風に生きてほしい

こういう人でないと呆れちゃう

こう考えられないなら価値がない

こんな人ではいけない


などなど、そこにあって欲しいという「願い」や

あって欲しくないっという「拒絶」が入ってしまうのが「愛情」。

それが自分の価値観であり思いであることを認め受け入れてみましょう。

そして、それとは別の人がそれぞれの価値観や思いがあることに気づいてみましょう。


それでも、心の関心を向けることを忘れずにいられれば

それは子供に取って「自分への信頼」として伝わります。

もちろん、そこにはお互いに心が平安な時のコミュニケーションが

必要な時もあると思います。

願いが過剰になってしまい、わかって欲しいという思いが行き過ぎると

怒りになってしまいます。

「どうしてわかってくれないの!」などはその典型ですが、

感情の波の中にどっぷりとはまり込んでいる時には

心に届く言葉も届きにくくなってしまいます。

世界が広がり、繊細に感じているけれど、まだまだ軽やかさを大切にしたい

思春期だからこそ軽やかに、お互いを理解するためのコミュニケーションを

持てるといいなと思うのです。


そしてどんどこ自分の世界を生きていくまだ若い年頃の子供を見ていると

「心配」っというのが現れやすいかと思います。

「心配」って愛の表れのように捉えがちですが、本当にそうかしら?

「心配」がどんな場合に起こるかっということを少しみてみると、

まだ起こっていない「自分が歓迎したくない出来事やそれにまつわる経験」ですよね。

そしてその経験をにより苦しむことのないように、先回りした思考が作るもの。

それらの経験をしても、きっと君なら大丈夫っという「信頼」がそこにあるかしら?

ないよね。

だから心配しちゃうんですよね。

っということは、たくさん心配をされている子は言葉ではないコミュニケーションの中

「自分は心配される存在なんだ」「自分は信頼に値しない存在なんだ」

っというのを受け取ってしまいます。

自信を持った大人になって欲しい、そのために心配しているのに

その反対のメッセージを送り続けちゃうっというなんとも残念な展開。

少々の困りごとは経験。

でも助けが必要になったら、いつでもここにいるよっという

サポーターとしての大きな心を

自分が育てることを大切にできたらいいなーっと思っております。


そして、成人して独立をする頃になると、親も子離れ、心の独立ができたらいいよね。

それまでは、お母さんという人を必要としていた子供たちが離れていく時、

自分をお母さんっという役割があるから価値があると無意識で思い込んでいると

その役割を手放すのが怖くなってしまいます。

価値がなくなってしまうかのような錯覚が現れるからです。

でも、お母さんであることは変わらないよね。

ただ、その役割の在り方が変わるだけ。

でもその変化を自分の価値がなくなってしまうかのように無意識で感じてしまうと

子供は独立を避けます。

子供って本当にどこまでも親思いなんです。

だから親を思って自分で気づかない間に親の願いのように生きようとしてしまいます。

親から役割を取り上げないように、親として世話を焼けるように

独立を避けてしまうんです。

時には心のバランスを崩したりまでします。

私のところに親子でいらっしゃる方たちはこのケース、とても多いです。

とっても仲良く、お互い「お母さんのためにヨガを一緒にしています」「娘の健康を取り戻すためにヨガを一緒に続けます」っと言い合ってる。

なんて素敵な思いやり。

でもなんて残念な束縛。

お互いに、依存をさせてあげるという依存をしあっているんです。

母にできるのは、自分の人生を取り戻すこと。

娘にできるのは、自分の人生を最優先させてもいいと自分に許すこと。


親は「信頼する」っという最高のギフトを子供に。

子供は「自分の思う道を歩む姿を見せる」っという最高のギフトを親に。


親は子供の負担になりたいと思っていません。犠牲になって欲しいとも思っていません。

だから娘や息子という立場の人たちは、自分の感じるままに生きていい。

親はその道を信頼することが1番の後押しになる。

自分を大切に生きることを伝承していきたいですよね。


それにはやはり、自分と子供を同一化しない。

「娘」や「息子」に変わって生きることはできないと認める。

「娘」や「息子」を主語にして思考を巡らせるのではなく

「自分」がその子達を通して、どう感じ何を願っているのか

「自分」を主語に感じてみましょう。

そしてあくまでもそれは「自分」が感じていること、願っていることだと

受け止めてみましょう。

その上で、コミュニケーションをとり、同じように子供達の感じていること

考えていること、願いを聞けるような

オープンな耳を持っていられたら、そこには素敵な信頼関係が生まれると思うのです。


媚びずに、否定せずに

ありのままの一人の人間と人間として

大切な家族を信頼を持って大切にできますように。






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