可能性

更新日:10月1日

人間の可能性ってすごいなーっと

最近改めて心に響いております。


っと言っても、決してドラマティックだったりセンチメンタルだったりではなくてね

どちらかというと感心しまくりっという感じ。


人って本当に心から望んでいればそれを求めて行動するし

行動するから、体験を受け取り、気づいて自ら変化していく。


それを見守る側が諦めてしまわないことの大切さ。


人の痛みを知る前の私はとても傲慢だったと今では振り返ります。

どんなに「真実を求めている」っと口で言っていても

行動が伴わない様子を見ていると、

「心の底からそう願ってないからだよ」っと伝えることも見守ることも

あっさり諦めていました。

悩み、苦しんでいるからどうにかしたいと言われても

気づこうとしない様子を見て、「苦しい状態にいたいんだよ」っと

どうにかしたくても、できないそのジレンマが理解できなかった。

だって、智慧なんてつながりたければ繋がれるのに

みんな見ないでいるなんて、そうしたいだけでしょ?っと言った傲慢さ。

冷酷だわー。

もう鬼軍曹だわー。

その頃、ご相談くださった皆さまごめんなさい。

きっと良き先生、あるいは寄り添い手に巡り合われていらっしゃることでしょう。

そして私にその経験をありがとー!

ぬふっ。


さてさて、繋がりたいけど繋がれない経験。

苦しみから離れたいけど離れるすべを体感できない経験。

それが今の私には宝物になっていて、

そんな時もあるよねーっと暖かくそのままにすることで

人って可能性をどんどこ表せるんだっということが理解できました。


北風と太陽を思い出しちゃう。


自分で決めて、自分でやれよっとビュンビュン風を吹かせて

上着を脱がせようとするんじゃなくて

ポカポカ暖かくてもう上着が必要にならなくなる。


その人の表層に意識を向けるのじゃなくて

その人の奥の命に意識を向けると

当人もその命の響きを感じられるようになんだなーっと感じております。


いのちってみんなにある。

その命のありのままの響きが感じられないだけなんだったら

感じられるようになるまで、どんどこ響かせればいいだけ。

それは言葉ではなく、自分の存在を通して響き合う。

だから共鳴っと言われるんだけど、

まっ、言葉に引っ張られると勿体無いので

なんだかそれっぽい言葉は今日はお預けにいたします。


どうぞ、これを読んでくださる方も

ご自身の中の可能性を信じてみてください。

可能性、無限大よ!笑




Mr.スケルトン@エサレン研究所




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