ドラマと十二因縁

気がついたら、10月も半ば!

10月は私にしては忙し月間。

気がつけばもう半ばではありませんか。

まだまだこの忙し月間も半分残っております。

忙しい時もあれば、のんびりな時もある

お天気のようですね。


人によっては、年単位で流れがあったり

日によっての流れがあったり

私のように月単位だったり。

色々な流れ模様があると思うのです。

誰かを見て、その流れと比べるのではなく

自分の流れがどんな感じなのかなーっと

その時々で気づいていられれば

無理をする必要もないし、焦る必要もなくなるよね。


っということで、今日はドラマから自由になるっというあたりを書いてみようと思います。


さてさて、私たちは自分の人生をあたかも物語のように感じていたりします。

物語にはキャラクター(配役)があります。


まず、「私」っという主人公。

ドラマの中にいるということは、私とはこんな人っという設定があります。

私とは....

名前、性別、年齢、国籍、誰かの子供(親の生存ではなく親という存在があって生まれるので誰かの子供という役割)、親、友人、パートナー、仕事の役割

などの基本的な個人としての設定。


そこに「私」所有していると思っているものがプラスされます。

◯◯という役職、財産、資産、家族などの身内や友人関係など


そこにキャラクターがプラスされます。

過去の経験からくるもの:

例えば、親に大切に育てられた、または反対の親の愛を感じられなかったなど。何をやっても失敗ばかりでうまくいかなかった、または何をやってもうまくいくなどの経験。経済的な困難、または経済的に恵まれているという経験など。友人関係やパートナーシップによる人との関わりの経験など。

↑これらは、過去の経験から自分とはこんな人だというキャラクター設定に繋がります。

これらの経験から、怒りっぽい、陽気、頑張り屋、呑気などの

性格がさらに強化・固定化しやすくなります。


さらに、大切にしている価値観や生き様と言われるもの:

例えば、周囲との調和を大切にしているなどの人間関係での価値観。オーガニックに拘る、朝は早起きをするなどの「こうありたい」というライフスタイルの価値観。反対に、人に迷惑をかけたくない、失敗をしたくないなどの「避けたい」と願う生き様。


上記が合わさり、「自己イメージ」が出来上がります。

これが「私」という主人公としてのキャラクターになっています。

あたかも自分自身はこの主人公の「私」だと捉え、そこに色々なサブキャラクター(家族や友人など身近な人から、仕事上で会う人、街ですれ違う人まで自分以外の全ての人)が登場し毎日を過ごしていると、あたかもドラマのように人生を過ごしてしまいます。


「私」とは、こういう人で、このように生きようとしている。

そうすると、「私」はこうでなくちゃいけないっという息苦しさにつながったり、

こうであればもっと幸せになれるのにっという渇望につながったりしてしまいます。


でもそれは、視界が狭くなっているだけかも知れませんよっと言っているのが、十二因縁。


「私」とはこういう人だというそのキャラクターとしての思い込みから自由になると

生命そのものとしての存在を感じるようになってきます。

そして、周りにいる人たちもキャラクターとして見たり、関わるのではなく

生命そのものとして触れあうことになります。

そうすると、それぞれがその人らしくいられるようになるのです。


これを、これが正しい、私はこうなりたいっと執着してしまうと

そのキャラクターとしての体験に留まってしまうのです。

私たちは体も心も、もっと自由で無限!

ドラマという小さな世界に止まる必要はないんです。


ドラマから離れるということ。

これは十二因縁から自由になるということじゃーないかしら♡





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