たかが言葉 されど言葉

たかが言葉 されど言葉

テーラワーダ仏教の師の言葉です。


言葉ってとっても影響力があると感じています。

特に心を育んでいる間って

とてもパワフルに言葉を受け取ることがあると

注意をしていたいっと改めて感じています。


自分として軸がしっかりと育まれていくと

言葉の影響力から自由になるんですよね。

言葉って人によって概念が違うからそれを理解できて

何をその言葉を通して伝えようとしてくれているのか

言葉そのものに振り回されず

言葉と共に表された真意を受け取るようになるから。


自分が今必要のないものであれば

「Thank you, but No thank you」っと

伝えてくれようとしたその心に敬意を払い

ありがとうっと言えるけど

今の私は必要ないですっと

受け取らないっということができるようになります。

どんな真意であっても

今の自分が大切にしていることではない場合

受け取る必要なんてないよね。


そして自分が気づいていないものであった場合

心がちゃんと育まれていれば

シンプルに受け取ることができます。

そこにストーリーやドラマなど

自分の中のわだかまりがないから

とってもシンプルに受け取れるんです。

自分の視点とは違う視点を通してのその言葉が

とってもありがたくなってくるんです。

私も信頼し合う友人との間でよくあることです。

自分ではうっすら気づいているけれど

まだ表層の意識に登ってきていなことを

友人の言葉を通してはっきりと気づくっということ

多々あります。


心を育んでいる途中の場合はどうでしょう?

時には誰かの言葉に傷ついちゃったり、心が拗ねちゃうこともあると思います。

そこには自分が気づいていない

自分の受け取りたくない「何か」が隠れていることが多いんです。

この「何か」がなければ、反応しないので

傷ついちゃうっということにはならない。


でも育んでる途中ですからね。

受け取るにはちょっと荷が重い。

そんな時には「たかが言葉」っというのを思い出してみてください。

誰もあなたを傷つけることなんてできないんだっということを思い出す

きっかけになると思います。

そんな「たかが言葉」に傷つく必要なんてないよ!

その言葉を発した人が

思いやりからであっても、悪意からであっても「たかが言葉」です。

そんなものに振り回されるなんてもったいない!

自分で自分を守ってください。

そんなことよりも自分の心を育む方に意欲を向かわせましょう。


そして心を育めたら

ちゃんと「何か」に気づくタイミングがやってきてくれます。

そうやって心を育んで自分をまるっとそのままにできるようになったら

今度は「されど言葉」を忘れないでいたい。

今、心を育み中の人たちへの言葉がけに気をつけていたいです。


いいねっという言葉が大きすぎたり

どうかなーっという言葉が大きすぎたりすることがあるんだと

改めて感じている今日この頃。

自分の真意が伝わるように

言葉を上手に味方につけたいなーっと願っています。


私の言葉も他の誰かの言葉も、たかが言葉。

どうか一喜一憂せずに

ご自身の内側の感覚を大切にしてください。

誰かに言葉を通して認めてもらうのではなく

自分自身がその感覚と共に自分に太鼓判を押せるくらいに

自分を知り、そのままの自分でいられるように

日々の実践をしてまいりましょう!





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