お泊まり会 報告③


初日には「やっぱり3日あるとゆったりよねー」などと話していたのに

3日なんてあっという間。

最終日の朝がやってきました。



2日目の朝はちょっと肌寒かったり

小雨が降ったりしていたのですが

3日はとっても気持ちの良いお天気!

プライベートの砂浜が気持ちよく

ゆっくりと時間をとって

歩く瞑想をしました。


それぞれの今を感じる時間。



お散歩と歩く瞑想の違いってなんだろう?


ありのままに気づくって時には勇気がいるよね。

執着に気づいたり、心許なさに気づいたり、喜びに気づいたり、安心に気づいたり

一瞬で変わったり、ゆったりと味わえたり


湧き上がってくる感覚をそのまま

ありのままに迎え入れて、ありのままに見送る


私たちはその気づいている意識であり

体験を眺めている意識です

それは一瞬として同じではない無常で

そこには触れられるような実態がない


それらを知識と知っているのと、体感しちゃうのでは全く別物


「特別な自分」とは

どんな状態の自分であっても命そのものが唯一無二の「特別」なもの。

だからスペシャルなものなのですが、

それは、お隣の人もまた唯一無二のスペシャルな「特別な人」ということです。


「私」が「特別」であることに執着が生まれてしまうと、

一気に自我が刺激され、ハートから離れてしまいます。

そのまんまで自分が「特別な命」という事が腑に落ちていないと

何かを持って「特別」としたくなり、

それを守ためにエゴが思考を総動員してしまうのです。

それは、ありのままの自分では「特別」ではないという

勘違いから起こることの裏返しでもあります。


そして、それも「特別な自分」っというのを

垣間見た体験があるからこそのプロセスです。

行ったりきたりしながら、体験を深めていければ

次第に「特別」でも「特別でなくても」どちらも一緒

ただの思考っとそこから離れて

ありのままで安心してくつろぐことができるようになってきます。



人気のない大自然は言葉を用いず「迎え入れる」

っという体感をさせてくれたように感じます。

歓迎も拒否もなく、ただ「迎え入れる」という感覚って

体験しないと言葉でわかりにくいんだよねー。


そして今回のリトリートはこの「言葉を用いず」っというのが

ポイントのような気もしています。

言葉で素敵な表現をしても溢れ出てしまうもの。

そして言葉を発していなくても表現できてしまうもの。

私は、どちらもをどっぷりと感じ取りました。








みんなでブランチを食べたり

最後のクロージングサークルをして

リトリートもおしまい。














私の知らなところで

ハグ大会があったらしい(笑)

なんだかみんないい顔してるー。












いらしてくださった皆さま、また次回!

日常に戻ってぜひご自身の体験を在り方と共に伝えてくださいませ。

一人一人が光となって、照し、照らされ

素敵な循環の始まりとなりますように。

願っております♡


 

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